僕らの情熱

ワクワクする人生を。

Home to Home

f:id:taka465:20200913003744j:image

ずいぶん久々に一日山に入った。

移住後初めてだ。

格好つけて、Home to Homeと銘打った。

 

 

そして、12時間山を移動しながら息子ARATAのことを考えていた。

 

夏山で時間を共にするときも、

彼はSKIの話をすることが多い。

 

5歳の冬にSKIを始めた。

スタートとしては早くない。

雪国の生まれでも育ちもない。

 

だけど、彼はSKIが大好きだ。

そしてSKIを楽しみ、世界一のSKIERになろうとしている。

種目はいくつか掛け持ちしてやろうか、なんて言っている。

二刀流、三刀流といったテンションだ。

 

僕ができることはなんだ?

 

一緒にSKIをすることか?

夏山で一緒に遊ぶことか?

他にもあるんじゃないか?

 

そもそも僕にできることはあるのか?

SKIのレースに出たことだってない。

SKIに限らず、スポーツで一番になったことはない。

 

僕はやったことがないことを、

ARATAがやる。

 

ほとんどの人がやったことがないことを、

ARATAがやる。

 

そのために何ができるのか?

 

 

自分を振り返ったら、大きなことは言えない。

 

 

足に乳酸をためながら

久々に大量の汗をかきながら

僕は腹をくくることにした。

 

「できるよ」

 

この言葉をかけ続けることにした。

 

僕もこの言葉をかけてもらったことがある。

 

ひとつは、その人自身もやったことがあることを

僕にもできるよと声をかけてもらったこと。

 

もうひとつは、その人自身がやったことがないことを

僕ならできるよと声をかけてもらったこと。

 

僕が社会人になったばかりのときのこと。

僕は元引きこもりで、

コミュニケーション能力は下の下だったけれども

気づけば証券業界のリテール部門という

コミュニケーション能力が真っ先に求められる世界に飛び込んでいた。

僕はそれまでの僕をぶっ壊したくて、

ぶち破りたくて、どうしても一番になりたいと上司に打ち明けた。

上司は言った。

 

「お前ならやれる」

 

僕は上司の言葉を信じることにした。

その上司は、一番になったことがない人だった。

だけどあまりにも上司が自信をもってそう言うから、

元引きこもりというコンプレックスの塊でしかない僕は、

その言葉を信じることにした。

 

毎日その言葉を信じたら

いつの間にか「絶対にできる」と思っていた。

 

結果は数字となって現れ、僕は一番になった。

数年経ち、僕は転職し、

久々に会った上司は大好きなお酒を飲みながら僕に言った。

 

「よくやったよな。大したもんだ」

 

あのときの上司は、自分自身にもやったことがないことを、

ただやりたいと何の根拠も実績もなく言った僕に向かって言ったのだ。

 

「できるよ」

 

そのために色んな事を教えてくれたのだ。

自分自身が知っていることも知らないことも。

 

自分自身がやったことがないことを

「できる」と言い切るには勇気が必要だった。

 

あの声がけがなかったら、

僕はいつまでも引きこもりのままだった。

 

そんなことが蘇った。

 

多くの父親やコーチがそうだろ?

 

 

 

誰かがひとつのことを成し遂げたとき、

そうだろ?

 

 

 

「できる」

 

相手に言うだけじゃない。

そう自分に言い聞かせて。

自分に何ができるか問い続けたんだろ?

 

 

 

家に走って帰ると、彼は僕を迎えた。

 

「とーちゃんおかえり!どこまで行ってきた?!」