年に一度の健康診断へ。
雇われの身であれば、強制的ないつものやつである。
コロナ対策ということで診られる側の数を制限し
密集を避けることから、待ち時間が多く、
するとふと親父(66)のことばかり思い出していた。
親父は、健康診断をただの一度も受けたことがない。
大学をでてすぐに金型職人になった。
家が金型業を営んでいることもあり、
「型屋の息子だからそうしただけだよ」と聞いたことがある。
しかし、家とは半歩距離を置き、
はっきりとは組織には属さずに、金型を作り続けている。
だから、「うけたくない。うけない。」というシンプルな意思表示を続け
健康診断をただの一度も受けていない。
娘(僕の妹)が看護師を目指しはじめ、
「わたしが看護師になったらうけてよね」
という願い空しく、結局受けていないのだから大したものだ。
病院の必要性を感じていないのか、
院内感染を恐れているのか、理由を本人から聞いたことはない。
風邪をひくと、自分で対処しているようだ。
体重が増えたな、と思うとたまにダイエットをしているらしい。(母談)
66歳でこれまで一度も入院したことはなく、
この先何かあったとしても、それを受け入れるだけなんだろうと想像する。
もちろん僕ら家族も。
ちなみに厚生労働省が発表している、
事業所ごとの健康診断の実施率は約90%。
親父のような職人は事業所には属していない。
いずれにしても、10%以下の属性である。
加えて、スマホももっていない。
スマホどころか携帯電話も持っていない。
これまた、「必要がないし、よくわからない」ということらしい。
たしかに必要はない。
仕事は対面か電話かFAXでのやり取りで事足りているようだし、
頻繁にやり取りする友人もいない。
家族からしても、親父が携帯電話を持っていないことで困ったことは
ただの一度もない。
本当に。
ちなみに携帯電話・スマホの普及率は、ほぼ100%ともいわれている。
つまり親父は、1%未満の属性。
そもそも金型職人自体、相当減ったと言われている。
バブルがはじけたときや、技術や図面が中国をはじめとする海外に流出したとき、ことあるごとに日本の金型職人は要らなくなるだろうとか、
それから3Dプリンターに仕事を全部奪われるとか、言われたらしい。
確かに減ったのかもしれないけれど、
親父のような金型職人はまだまだいる。
親父のつくった金型でこれまで育ててもらったせいか、
今すでに生き残っている、親父をはじめとする金型職人は、
この先も在り続けると確信している。
そして、そんな親父からの問いを思い出した。
それは僕が何とか大学を卒業する見込みがたち、
就職先(某証券会社)が決まったことを報告したときのこと。
「お父さんを見てきたタカノリ(僕)に
会社員がつとまるとはちょっと思えないんだが。
よくわからない人の下で、よくわからない人と一緒に
決められた時間、毎日仕事できるのか?」
「それは、やってみないとわからないよ」
「それも、よくわからないこと(市場動向など)に
よくわからないように振り回されるんじゃないか?」
「そうかもしれないけど、もう決めたから」
思い出すと、親父の問いは終始一貫していた。
「お前は、よくわからないものに手を出すのか?」
よくわからないものと関わらない。
関わらない・繋がらないという選択は、
強者の選択だ。
「健康」という自分が一番よくわかっていることを
どうしてよくわからない場所に行ってよくわからない人に診てもらうのか。
「伝達」という自分がこれまでに対面や電話やFAXでやってきたことを
どうしてよくわからない携帯電話やスマホを使う必要があるのか。
「よくわからない」モノに外注するくらいなら
そんなものは要らんし、これまで通りやる。
健康診断を受けない、
携帯電話を持たない、
金型を作りつづける。
親父のことを、
待ち時間にぼんやり思い出していた。